『美術館で愛を語る』(岩渕純子著、PHP新書)を読みました。
「はじめに」と「終わりに」にすべての言いたいことの9割が詰められているように感じる本でした。
「自分とは異なる価値観に対する寛容性をはぐくむのが美術館の役割」という意見には賛同いたします。
美術鑑賞をどう教育に活かすのかという命題に悩む教師たちに対して、彼女は斬りかかります。
ーー美術作品とは、理解できないことをどう教材にしていいのかわからないのではなく、理解できないということがあるということを学ぶための教材なのだ。
ーーそして、他人とはむしろ違った印象を持つことを求めるための教材なのだ。
こうした寛容性についての指摘から、ヒトラーの話にまで展開していくところに、著者の強い美術愛を感じます。
たぶん彼女は本気で怒っているのだと思いました。
不寛容性とそうした態度の引き起こした歴史的残虐行為に対して。
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本書はほとんどが著者の旅行記のような形になっています。
そして、美術の本ですが、食べ物の話が多いです。
著者は、その作品の蔵されている美術館に行くことの重要性を身体的あるいは霊的な感覚をベースにして説いています。
全身全霊を用いて作品を鑑賞する際に、場としてのその美術館特有の空気が必要だと言うことだ、と私は理解しました。
そうした美術館を作るための思想というか前提となる価値観のようなものが、食べ物とつながっていると言いたいのかもしれません。
多分、食べ物と美術館は肉体や思想、文化、その他諸々の物理的な条件(気候や地勢)を媒介してつながっているのです。
また、美術の世界の裏側紹介として、社交の大変さを説明するくだりなどもありました。
社交界では個人としての資質(見た目、度胸、会話力など)が求められるようで、なかなかにしんどい世界のように思われます。
たぶん訓練だけではどうしようもない世界なのでしょう。
(もちろん、訓練しないとどうしようもない世界でもあるのでしょうが)
世界中のめぼしい美術館を紹介する本なのに、本書を読んだ後には、むしろ近所の美術館に行きたいなぁと思ったのが不思議な感じでした。
先日読んだ、『美術館へ行こう』(草薙奈津子著、岩波ジュニア新書)の著者が館長である「平塚市美術館」に猛烈に行きたくなりました。
■【読了】美術館へ行こう(草薙奈津子著、岩波ジュニア新書)
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