兆民先生(幸徳秋水、岩波文庫)

以前読んだ『困難な成熟』(内田樹、夜間飛行)で紹介されていた一冊である『兆民先生』(幸徳秋水、岩波文庫)を読みました。
すごく丁寧な書簡を書く人だなぁというのが私の持った兆民先生の印象です。
通読すると、いかに秋水が師を敬っていたのかよく分かるし、兆民は兆民で一人の人物として秋水を見ていたことも分かります。
師弟関係の素敵なモデルと言えるでしょう。
おそらく内田先生もこの師弟モデルを伝えたかったのだと思います。

それにしても兆民先生はすごい人です。
自分の哲学をどうにか世の中において実践し、社会を変えようと努力した行動派の哲学者です。
世界15大哲学』(大井正、寺沢恒信、PHP新書)においては、唯一の日本人の哲学者として、それも「実践する哲学者」「真の哲学者」として紹介されています。
氏の哲学としては、唯物論がメインで、精神は肉体に宿るのだから、肉体が朽ちれば精神もなくなると考えていたそう。
霊も神も信じない、という立場。でも、物質は永遠不変、ということでした。

「釈迦耶蘇の精魂は滅してすでに久しきも、路上の馬糞は世界とともに悠久である」

皮肉が効いてますね。

ーー

兆民は、勝海舟を人物だと認めています。
実は内田先生が『困難な成熟』の中で進めている別の本に『氷川清話』(勝海舟、講談社学術文庫)という勝海舟の談話集が入っており、現在それも並行して読んでいたので感慨深い気持ちになりました。
色々つながって面白い。
勝海舟という人物は、以前読んだ『武揚伝』(佐々木譲、中央公論社文庫)などの榎本武揚関連の書籍では口達者の成り上がりみたいな扱いをされていたので、私の中でイメージが大分変わりました。
いやはや、『氷川清話』を読んでいると、明治の重要人物たる豪傑さです。
また別の機会に書きますが、それにしてもなんで生き延びたんだろうねこのひと(勝海舟)?って感じです。

で、実はもう一冊『夢酔独言』(勝小吉、講談社学術文庫)という本がありまして、これも『困難な成熟』で紹介されている本なのですが、これを読むと勝海舟の豪傑さの由来がわかる気がしてきます。
勝小吉は、勝海舟の父親で、その父親の気質が少なからず受け継がれたと言っていいでしょう。
(遺伝学的にはなんとも言えないけど、そう考えたくなる無骨さが『夢酔独言』にはあります)

ーー

世界15大哲学』によると、兆民は、(革命家のような)実践的な性質と(理学研究者のような)観照的な性質を兼ね備えており、その2つを媒介するニヒリスティックな性質も持っていたそうです。
世界15大哲学』ではそのことを
「われらは、これ、虚無海上一虚舟」
という言葉に見ます。
かれの哲学観にわれわれがみいださざるをえなかったあの観照的な一面の素性もしれるであろう。また、それがそのままではただちに変革的実践にむすびつくことのできぬものであり、むすびつくためにはニヒリスチックなものないし観念的なものを媒介とせねばならなかったということも。
そして、このニヒリスティックないし観念的なもの、弟子の幸徳秋水に顕著に引き継がれたという。
となると、じゃぁその幸徳秋水ってどんなひとだったの?といえば、大逆事件で死刑にあっているようです。
ウィキペディアをみると、かなり肝の座った記者だった様子。
Kindleの無料本がいくつかあったので、近々読んでみたいと思いました。

死刑の前』を少しだけ読みましたが、すごい観照的だなぁという印象。
自分の死刑の直前なのにこんなこと書いとる場合なのか…?。

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