イスラーム 生と死と聖戦 (中田考、集英社新書)を読みました。
大変わかりやすい。
これまで中田先生の本はいくつか読んできましたが、中でも一番わかりやすく自身の主張を説明されていると感じます。
語りかけてくるような文体のため、講義を受けているように感じられ、言葉がスッと飲み込める(ような気が)します。
イスラームの論理 (筑摩選書)や帝国の復興と啓蒙の未来(太田出版)、増補新版 イスラーム法とは何か?(作品社)、カリフ制再興 ―― 未完のプロジェクト、その歴史・理念・未来(書肆心水)などなど、面白い本はいくらでもあるのですが、それらの本を読む前に、一度本書を読んでおくと理解しやすいのではないでしょうか。
中田先生の言う「カリフ制」とは、人による支配からの人々の開放し、法による支配を実現することを意味します。
すなわち、人の作った法律は廃棄する。
ゆえに国境もなくす。
人・物・資本が自由に行き来できるような、自然権が当然に行使できる共同体の実現を目指すものです。
本書を読むとどうして著者が「国境の廃絶」にここまで執着するのかがわかると思います。
自然法に従えば、人はおかしな世界からは離れ、居心地のいい世界に行くことができる。
おかしな世界からはどんどん人がいなくなり、淘汰されていくのに、領域国民国家というシステムがあるからその浄化システムが機能せず、富の偏在がうまれる。
こうした富の偏在をなくす方にイスラームは指向しています。
こう聞くと、格差を減らして、うまいことみんなで助け合って生きていこうよ、という風に諭している宗教だと思えてこないでしょうか。
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本書では、著者が健康保険に加入していないことにも触れられていました。
多くの人は「え、この人、頭おかしいんじゃないの」と感じると思いますが、背景を知れば、「筋の通った話」となります。
これは何も健康保険のエピソードに限った話ではなく、イスラームに関しては「背景を知れば」ということが往々にして不足している気がします。
色々な情報が、悪いものとしてとられるように伝えられてしまっているように感じられるのです。
イスラームというと何かと「テロ」や「自由がない」というイメージを持ってしまいがちですが、よくよく知っていくと決して自由がない、ということはないし、テロにしてもなぜそうしたテロが引き起こされるかの問題提起はあまり聞きません。
テロはよくない。
そんなことは子どもでもわかります。
でも、なぜテロがなくならないのか?が議論されないのかについては、あまり関心を持たれているようには思えません。
たぶん私たちの恵まれた生活が、テロを起こす人々の暮らしに支えられているのを意識的にか無意識的にか感じているから、争点にできないのではないかと私は思っています。
もし人々が自由に移動できたなら、テロを起こさざるを得ないような場所からは逃げられるのに…それを妨げるのが領域国民国家というシステムだと著者は主張します。
とはいえ、なかなか領域のない世界というのもピンとこない。
この辺は、イスラム教徒になればわかるのだろうか…たぶんイスラム教徒になってもわからない気がします…。
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本書を読んでイスラームに興味を持つ人がどれくらいいるかはわかりません。
私の印象としては、残念ながら、あんまりいないんじゃないかと思います。
イスラム教というのは、日本人にはやっぱりちょっとわかりにくいというか、腰を据えて話を聞かないとどこがいいのかわからない気がします。
(いや、腰を据えて聞いたうえでいいなぁと思っても、その正しく理解できているかはわからないのですが…)
本書は「イスラム教いいですよ~」というスタンスで書かれてはいません。
イスラームではこう考えます、イスラームはこういう原理で回っています、という事実紹介がほとんどのため、すでにイスラームに関心がある人向けの本という印象です。
なので、あらかじめイスラム教に関心がないと、全然響いてこないように思われます。
信じる者は救われるじゃないですが、関心がなければ響くものは少ないってのは、イスラム教に限らず普遍的なことですね。
でも、面白いもので、信じるか信じないかで見え方は180度異なってきます。
例えば「1日5回の礼拝が義務である」という戒律も、イスラム教を信じない人には自由を制限する重荷でしかないと思うでしょうけれど、信徒にしてみれば義務であるおかげで自分の信じるものを1日に5回も確認できるわけです。
この思い出すシステムが、社会生活に実装されているというのは、強いと思います。
1日に5回、自分が使えるべきは神だけだと思い出すのです。
思い出すことで、楽になれる。
楽になれる上に、天国に行ける。
なんて宗教なんだろう…、と感心せずにはいられません。
イスラームのいい面を知りたい人には、イスラム―癒しの知恵 (内藤正典、集英社新書)がおすすめです。
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