古典がもっと好きになる(田中貴子、岩波ジュニア新書)



古典がもっと好きになる(田中貴子、岩波ジュニア新書)』を読みました。
国文学者の著者が、「文法なんて知らねぇよ。いいから読め」(とまで口悪くはないですが)とぶち上げる痛快な本です。
古典や古文を味わいたいという人には非常に実際的な内容が書かれています。
とても面白かったです。

上の表現は私の超訳で、本書ではもっと穏やかに次のようなことが書かれていました。

文法も不要ではないけれど、そればっかりでは古典の面白さはわかりません。
声を出して読み、何度も読み、そうしているうちに意味が分かってきて、文脈がわかってきて、そして現代にも通じる面白みがあることに気づいて古典と親しめるものです。

…ということです。
「古文は外国語ではなく、昔の日本語」なのだから、あまり肩ひじ張らず、自然体で楽しみましょうね、というスタイルで古典と付き合うことを勧めていました。
私も昨年『大鏡』を読んだ際にはとてもおもしろく読めたので、本当にそう思います。
古文が嫌いで古典を敬遠している人は、もったいないと思います。
時代の風雪に耐えて今もある書物には、何かしら感ずるところがあること請け合いです。
だから、現代語訳でもいいから、興味があれば読んでみるといいと思います。
1000年前の文学だからって、そんなに偉いもんでもないと思って、週刊誌の連続小説を暇つぶしに読むくらいの感覚で付き合えばいいのではないでしょうか。
もちろん読まなくたって生きていくのに不便はありません。
だから、古典・古文なんていうのは趣味の世界なのです(と言ったら専門家の方は怒るかもしれません。ということで、これは私見です)。
でも、古典・古文に親しめば、気軽にタイムスリップができます。
それが人生を豊かにしないなんてことがありますでしょうか?

我が国は単一国家としての歴史も長く、様々な文化が連綿と続いてきた社会に生きているわけですから、この国でしか味わえない”スルメ”的学問が多くありますす。
その一つがまさに古典・古文ではないかと思うのです。
そして、そういうスタンスで様々な古典・古文の資料と向き合える人が多ければ多いほど、学問としてはよいはずです。
まだまだ現代語訳を待っている多くの古文が古本屋や納屋の奥に眠っています。
それを現代の光にあてる人材を増やすのに、本書は大きな寄与をするのではないかと、読みながら思いました。
このさい、古典文法は頭のなかから追い出してください。それより、日本人の心の宝、文化の泉である古典の一節を、わけもわからないまま暗唱するほうが将来の教養のためにはいいと思います。口をついて出る言葉、それは脳のどこかにしっかりとしまわれてあなたの心の血肉となることでしょう。(P53)
確かに、ちょっとキザな感じもしますが、さらりと場に即して暗唱できたら、場を盛り上げることもできるかもしれませんね。
そんなわけで、私はとりあえず、百人一首から始めようかと思います。

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